M1グランプリ2021で決勝に出演し、一躍有名となったロングコートダディ。
過去に1度解散をしており、その後すぐに復帰をしており、解散理由として 兎さんの腰痛と語られています。
- 解散をした時期や腰痛説が出た理由と真相とは?
- 復帰をした理由と時期はいつ頃?
上記についてしらべてまとめました。
解散した本当の理由と時期はいつ?

こちらではロングコートダディが解散した理由についてご紹介をいたします。
以下が解散宣言をされた内容が以下となります。
報告します。 今日をもってロングコートダディを解散する事になりました。 いい結果を残せませんでしたが、応援してくださった方々、本当にありがとうございました。とても楽しかったです。芸人を続けるにせよ、やめるにせよ、この経験をいかして頑張っていこうと思います。 お疲れ様です。
— ロングコートダディ 兎 (@ebisumaru19) September 29, 2012
ご報告。
— ロングコートダディ堂前 (@lcd_doma) September 29, 2012
ロングコートダディを解散しました。応援してくださった皆様、本当に本当にありがとうございました。これからもっと精進して芸人として成長していこうと思います。ありがとうございました!
上記がロングコートダディの兎さんと堂前さんが解散を宣言されたツイートとなります。
時期は2012年09月29日の午後9時59分と同時のタイミングで宣言されていますね。
恐らくコンビ二人で真剣に話あって解散を決め、その後同時に宣言もする事を決めていたのでしょうね。
それではなぜ解散をしたのでしょうか??その理由の一つに挙げられているのが兎の腰痛ではないかとの説です。
解散は 兎の腰痛説はどこから?
芸人はコントなどをする時に基本立ちっぱなしなので、それが厳しかったのではないか?との声があります。
何故腰痛説が出たのか?との所に関しては 兎さんが以下のようなツイートをされています。
ロングコートダディです。 サードチャレンジ9日の日曜になりました。 今週は2年に1度くる腰痛の週です。 腰をかばいつつ頑張るぞっ!!
— ロングコートダディ 兎 (@ebisumaru19) September 5, 2012
こちらが解散宣言の3週間前にツイートされた事により、腰痛である事は本人が公言しているので間違いないです。
その3週間後に解散宣言なので、「腰痛が悪化したからではないか?」と言われています。
どうやら、この説は嘘で、結果が出ない時期が続き、それにより完全に心が折れた事による解散だったみたいです。
解散の真相とは!

僕がオーディションバトルでの結果を受けて最下位に戻った時と、先輩が100人くらいの若手芸人たちを誘って海へ旅行に行った時にその中に2人ともまったく馴染めなくて。自分は芸人としてダメだって心が完全に折れまして。で、結局解散を持ちかけて……。
引用元:https://note.com/gekkan_geinin/n/nf51c98a520d8#N8jaa
上記がインタビューで明かされた解散の真相と秘話となります。
解散のツイートでもいい結果を残せなかった!と発言をされています。
確認できる経歴では2010年のM-1グランプリではアマチュア枠で1回戦敗退となっています。
芸人コンビになかなかうまく行かず、結果解散との流れは良くあります。
故に、本人が語った真相が正し情報の可能性が高いと思います。
その後再結成をし、今に至るわけです。
- 再結成をしたのはいつごろなのか?
- 何故再結成をしたのか?
上記について以下でご紹介をいたします。
再結成をした真相と時期はいつ?

こちらではロングコートダディが復帰した時期と理由についてご紹介をいたします。
以下をご覧ください。
報告です。 もう一度ロングコートダディで頑張ります。 泥くさく気張ります。一度折れた泥みたいな人間ですが、泥もまた個性。 テーマは泥
— ロングコートダディ 兎 (@ebisumaru19) January 19, 2013
ロングコートダディを再結成しました。相方は前と一緒の人です。気引き締めてやっていこうと思います。今は舞台の予定はありません。よろしくお願いします。
— ロングコートダディ堂前 (@lcd_doma) January 19, 2013
上記が再結成した時のツイートとなります。
時期は2013年1月19日となり、時間は堂前さんの方が午後4:39分、兎さんが午後4:49分と10後となります。
解散も再結成も兎さんからの申し出なので、償いの先出しを許したのか?それとも仕返しの先出しなのか?
ここの真相は本人のみぞ知る所となります。
なぜ再結成をしたのか?再結成との答えにたどり着くためにどのような葛藤があったのか?についても見ていきたいと思います。
再結成をした胸の内とは!

でも1ヶ月くらいでむちゃくちゃやりたくなって、けど自分から解散を言った手前、言いづらいじゃないですか、で、その頃同期の奴と飲みに言って相談とかしてたんですよそしたら「めっちゃもったいない、絶対に言うべきだ、言って断わられてもいいやん」って言われて。
引用元:https://note.com/gekkan_geinin/n/nf51c98a520d8#N8jaa
それから4ヶ月くらい自分自身と葛藤してて
上記の様に、やめたけど、その一か月後にやりたくなったとの事です。
ただ、やはり自分から解散を持ち掛けたので、中々言いづらく悩んでいる時期もあったとの事です。
まるで恋人関係のようなどこか甘酸っぱさも感じるエピソードですね。
何故4か月後に再結成をする事になったのか?については以下のように言われています。
ある日、コンビニで深夜バイトが終わる時間、外見ると雪が降ってたんですよ。それを見た時に、あ、このタイミングやなと。しかもその日、自転車を盗まれてて、家まで歩いて帰らなきゃいけなくて、それもあってこのタイミングしかないと。
引用元:https://note.com/gekkan_geinin/n/nf51c98a520d8#N8jaa
前半部分だけ見ると、まさにラブストーリーのごとくのロマンチックさを感じました。
それほど、思いと決意が込められた行動だったんだなと思えました。
ただ、実際は自転車を盗まれて、家まで歩きで帰らないといけなくておそらくつまらないからとの理由で「暇電」がてら連絡との感じですね。
さすがオチをつけるあたりがお笑い芸人さん!と思えるエピソードでした。
一方、堂前さんはその呼びかけに対してどのように答えたのか?以下のように語られています。
「もっかいコンビ組んでくれへんか」って話したら、「1週間考えさせてくれ」って切られました。解散後、堂前タオルって名前でピン芸人をやってたんですけど、それはそれで楽しくやれてたし(笑)。でもまた組みたいって言うてきて、ちょっとコンビ間で、兎より上に立てるかなって。男女間でもあるじゃないですか。より戻してあげたんやでみたいな(笑)。
引用元:https://note.com/gekkan_geinin/n/nf51c98a520d8#N8jaa
どうやら即答はできなく、1週間熟考し、その結果再結成をする事を選んだとのいい話です。
解散後もピン芸人としてされており、楽しくしていたとの事なので、やはり解散自体は喧嘩別れなどではないみたいですね。
以上が再結成時の秘話となります。
ロングコートダディは仲が良い事で知られているコンビです。
解散との一見ネガティブなワードでも、エピソードを聞いてみると仲の良さがヒシヒシと伝わる良いエピソードでした。
ただ、それだけでは終わらず、以下のような感動的なエピソードもあります。
再結成の次の年の快進撃とは!
再結成をして2013年に「THE MANZAI」に出演をされ、本選に出場をする事が出来たとのお話です。
以下がその情報となります。
大阪吉本の若手たちに興味持ち始めたのも結構最近やから知らんかったけどロングコートダディって一回解散しててんや!
— ちき (@bakemonochichi) January 16, 2015
再結成の年にざまんの認定漫才師50組入ったんや! pic.twitter.com/Vwfn0rfjMB
実際に調べてみると、2013年ではなく、翌年の2014年のお話でした。

なんと、参加が1870組ある中、見事50組の狭き門をくぐる事が出来たとの事です。
本選に行くためには2回戦を勝ち上がる必要があるとの事です。
2014年の優勝者が「博多華丸・大吉」で2位が「トレンディエンジェル」とかなりの強豪ぞろいの大会でした。
そんな中で見事50組の座へと上り詰めたとの事です。
まとめ
- ロングコートダディの解散の理由は腰痛ではなく結果が出なかった事で心が折れたからだった。
- ロングコートダディが再結成をした理由は仲が良く、堂前さんとやりたい!との兎さんの思いがあったから。
- ロングコートダディは再結成の翌年のthe漫才で本選まで上り詰める偉業を成し遂げていた。
以上がまとめとなります。
解散から再結成まで色々とありましたが、ここまで続けてこれたのは仲が良い事は間違いないですね。
下積みで結果も着実に積んできているので、あとはM1どの大勝利を期待ですね。